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TBI2016参戦記 DAY4
(注:本記事では、会場やルートの雰囲気をお伝えするために、SSER公式ブログより写真を何点かお借りしています)

■5/2(月) DAY-4
TOTAL 478.26km  DIRT 183.43km


テントをたたまなくていいから、五時半まで寝よう。朝ご飯は時間がなければ諦めよう。それでも二時間しか寝れない。「明けない夜は無い」というが、いっそ明けなければいいのにと思った。でも無情にも、二時間後にちゃんと夜は明けた。今日が折り返しの四日目。気を引き締めていこう。

この日の宿泊はかつて学校だった施設で、教室を改造した広間に12人ほどが布団を敷き詰めて寝ている。僕は最後に部屋に入ったので、入り口の近くの狭いスペースしか空いていなかった。布団のまわりにもほとんど余地がなかったので、ジャケットとモトパン、ジャージ、ニーブレースは教室の外の廊下に、畳む気力も無く丸めて脱ぎ捨てて、コンタクトレンズ、食器、コマ図などが入ったデイパックと、ダッフルバッグからひっぱりだした一日分の下着セットだけを持って部屋に入り、布団に潜り込んでいた。

事前に、100均で買ったジップロックのようなビニール袋に、下着セット、すなわち「パンツ、アンダータイツ、アンダーシャツ、MXソックス」を入れて、これを6セット用意しておいた。TBIの前に、Facebookにて先輩ラリーストに教えていただいたアイデアだ。

一泊目、二泊目の時には、テントの中で新しい下着に着替えてから寝ていたが、この日は着替える気力もなく布団に潜り込んでいたため、起きたらまずは布団の中で、モゾモゾと身をよじって下着を着替えた。前日着ていた方の下着は、新しい下着の入っていたジップロックにしまう。…これを怠ると、オフィシャルにあずけるダッフルバッグから異臭が漂ってしまうからね。

次にやるべきことは毎朝同じ、コンタクトレンズの装着だ。手荷物の入ったアークテリクスの青いデイパックの中から、コンタクトレンズを取り出して…。あ、あれ?…ない。コンタクトレンズを入れた袋がない。さらには、DAY5,DAY6のコマ図の入った袋もない!鳥肌がたった。

落ち着け。誰かが持って行く訳無いんだから、自分がどこかに置き忘れたんだ。昨夜、DAY-4のコマ図はどこで取り出したっけ。ミサイルファクトリーサポートカーのまわりの、どこかだ。きっとあのあたりに置いてあるはず。

コンタクトレンズは、ジャケットの胸ポケットに、万が一走行中に外れてしまったときのための予備が数セット入れてあるから大丈夫だ。まずはコンタクトを装着した。教室前の通路に脱ぎ捨ててあったニーブレースやウエア、ジャケットを身につけ、朝食を食べるみんなを横目に見ながらサポートカーのピットエリアに急いだ。コマ図が見つからなければ、今日は走れても明日、明後日は走れないことになる。

サポートカー側の、携帯充電器が置いてあるテーブルの近辺を探すも、それらしいものは見当たらない。何か探してるんですか?と、トシヨシさんが声をかけてくれた。ええ、実は、明日からのコマ図の入った袋が見当たらなくて…。僕の声は少し震えていたかも知れない。ああ、実は北四の時に僕もまったく同じことをしまして…リタイヤした人からコマ図をもらったんですよ。もし見つからなかったら、誰かリタイヤした人から譲ってもらうといいですよ。そう話すトシヨシさんの声を聞いて、少し落ち着きを取り戻した。トシヨシさんでもそんなことがあるんだ。そうか、最悪の場合はそういう手もあるんですね。ありがとうございます、もう少し探してみます。

それから、サポートカーのバッグ置き場に行ってみたところ…ブルーシートの上に、コンタクトレンズを入れた袋と、大切なコマ図の入った袋が無造作に置かれているのを発見した。一体何を考えてこんなところに、こんな大事なものを置いたんだ。自分のバカさ加減を呪った。ああ良かった、これで明日も明後日も走れる。

ピットエリアで、シラスくんに会った。
リアチューブを入れ替えて、パルクフェルメに入れておいたよ。空気圧は自分で好みの値に調整してね。
本当にありがとう、シラスくんに手伝ってもらえなかったら、リスタートできないところだった。期待に応える意味でも、なんとしても完走しなければ。

慌ただしくブリーフィングの時間が迫ってきて、予想通り朝食を食べる時間はない。夕食、朝食抜きのスタートは辛い。どこかで早めにエネルギー補給をしなければ。

ブリーフィング会場に向かう途中、校舎の入り口のホワイトボードにDAY-3までのリザルトが貼られていた。


【クリックで拡大します】

■DAY1までのリザルト
SS-1 30位 DAY-1のみの順位 30位 DAY-1までの総合 30位
■DAY2までのリザルト
SS-2 31位 SS-3 24位 DAY-2のみの順位 24位 DAY-2までの総合 24位
■DAY3までのリザルト
SS-4 30位 SS-5 25位 DAY-3のみの順位 23位 DAY-3までの総合 20位

ツーリング感が抜けきれなかったSS-4、途中でコマ図確認のため停まってしまったSS-5ともに、前日までと変わらない、ぱっとしない成績だったにも関わらず、総合順位では20位に上がっていた。

三日目のルートは、誰にとってもやはりかなり過酷だったのだ。SSやCPの不通過でペナルティーを受ける選手が20台を超え、4台がリタイヤした。これらの選手の中には僕より上位の選手も含まれていたため、結果的に総合順位があがったということだ。
6日間にも及ぶ過酷なラリーは、まさにサバイバルレースだ。SSの速さだけではなく、マシンと人間が最後まで走り続けられるかどうかが重要なんだと実感する。

この日のブリーフィングではコマ図の修正が発表された。

修正箇所をガムテープに書き写したが、ペンが太すぎて、やたらと大きくなってしまった。

どこかで細い油性ペンを買わなくちゃいけないな。

07:00 定刻にスタート。僕は、今日は20位だから7時10分頃のスタートだ。


前日の最終ガソリンスタンドからビバークまでは、100kmほど走っている。先にスタートした上位のバイクのうちの数台が、スタートから6km地点のガソリンスタンドで給油しているのが見えた。僕のCRFはビッグタンクであと100km以上は確実に走れるので、ここはそのまま通り過ぎて、75km地点のGSで給油することにする。そのほうが、朝のSS-6を少しでも車体が軽い状態で走れると思ったからだ。

14km地点から始まるSS-6。手前のCP100フラッグで停車したら、そこでなおとくんと泉本さんが前走者に追いつかないよう時間調整をしていた。リアタイヤのエアを抜いたのだが、うっかり抜きすぎて、0.5kgくらいになってしまった。泉本さんに「そんなんハードエンデューロの空気圧やん!リムうちでパンクするで!」といわれて、あわててエアを足した。ラリーでは、SSでエアを抜くといってもせいぜい0.8kg〜1kgくらいだな。

コマ図を見ると、17.01の分岐を間違えなければ、あとは道なりでだいたい大丈夫な感じがする。

SSに入ってみると、ややザクザクした路面の上りからスタート。車重が重く非力なCRF250Lが苦手とするところだ。今日こそSSのペースをあげようと思っていたのだが、いまひとつうまくいかない。そこに、後ろから速い人が近づいてくる気配がした。GSで給油していた上位陣を追い抜いてきたため、その誰かが僕の後にスタートして、SS内で追いついてしまったのだろう。邪魔にならないようやや左に寄って前に出てもらった。確か、前日の林道でしばらく後ろに着かせてもらった速いライダーさんだな。一人だとなかなか速く走れない僕に取って、チャンスが訪れた気がして、必死で追いかけてみた。もちろん、圧倒的に速度差があるのでジリジリとその背中は遠くなっていくのだけれど、追いすがっているときには一人のときより明らかに速く走れたし、姿が見えなくなってからもそれなりのペースを保つことができた。前をひっぱっていただいて、どうもありがとう。これまでのSSよりは速く走れたような実感があった。

SSを出たところからが、朝のブリーフィングで修正されていたコマ図に従って走る区間。コマ図自体は難しくなかったのだが、修正した図が最後のコマにたどりついたときに、それが本来のルートと合流するコマがどこなのか…自分でメモしたのだが、ペンが太すぎたせいで、文字がつぶれてしまっていてよく読めない。恥ずかしながら、その時前にいためぐちゃんに、ところで、ここってどこのコマになるの?と聞いてしまった。しかしあとで良く考えたら、修正図はiPhoneで写真も撮っていたので、ポケットからiPhoneを取り出して画像を拡大して確認すれば良かったのだ。自分で解決できるはずの問題なのに、つい身近な人に頼ってしまい、なんとも情けない限り。

当初の予定通り、75km地点のGSで給油。この際に、持っていたカステラとウイダーインゼリーを補給。夕食も朝食も抜きのスタートだったので、空腹が電池が切れかかっていた。これでようやく腹の虫と気持ちが落ち着いた。

この日は、総走行距離は478.26kmと、前日に比べれば70kmも短いのだが、それでも十分に長い距離だ。ダートは 183.43kmだから、前日の185.85kmとほとんど変わらない。ダート率で言えば、この日のほうが高いということになる。



川沿いを走り、集落の間を抜け、ダートを走り、鉄橋を渡り、また川沿いを走り…何度も何度も似たような風景を目にしているうちに、抜け出せないタイムリープの環の中にいるような錯覚に陥る。

167km地点のGSで、早めに二度目の給油。75km地点の給油からまだ100kmも走っていないのだが、ここで入れておけば、334km地点の最終GSまでもう給油しなくてよい計算になるからだ。

13:40頃 CP1を通過。

ここで、マップホルダの角度を少し変更。スタンディングで見やすいように、前方に寝かせてみた。

距離的には昨日がピークだが、その疲労と寝不足がたたるのは翌日、つまりこの日だった。絶え間なく襲ってくる睡魔との戦い。居眠り運転をしないように、気がつけばヘルメットの中で大きな声で歌ったり、ひとりでしゃべったりしていた。

300km地点の前後だっただろうか。突き当たりを左に曲がる丁字路の左に、バイクが停まっているのが見えた。見覚えのある青いバイクとオレンジのジャケット、あれはトシヨシさんだ。

停まって声をかけたら、なにか残念そうに頭を左右に降っている。話を聞けば、林道の中で、ブレーキのパッドピンが緩んで、ブレーキパッドがなくなってしまったのだという。幸いパッドピンは落ちる前に回収できたので、すぐに林道を逆走してパッドを探したそうだが、見つからなかったそうだ。

もしルートの近くにたまたまバイク用品店があれば、もしかしたら走行を続行できたかも知れない。ビバークに戻れば、スペアのブレーキパッドはあるという。しかしながら、「任意の地点にスペアパーツを輸送すること、ラリールートを離れての整備、部品の調達、観衆のアシスタンス及びラリー同走者等は全て厳しく禁止され、失格の対象となる。」というルールがあるので、サポートカーにスペアのブレーキパッドを持ってきてもらうこともできないのだ。

ここで止むなく、エマージェンシー封筒を開けて、CP2とSS-7不通過で二時間のペナルティを受け、ビバークに直行しなければならないことになったトシヨシさんの無念さを思うと、心が痛んだ。…後でトシヨシさんに聞いたところ、この時、もちろん悔しかったそうなのだが、同時に「ああ、今日は早く眠れるな」と、どこかでほっとしたそうだ。

そこに、後ろからミサイルファクトリーの小川さんや、どこかのルートをショートカットしてきたR1200GSの加原さんらもやってきた。しばし話した後、とにかく334km地点のGSまではノンストップで走り、その向かいにあるローソンで休憩しよう、と心に決めてリスタートした。

開設時間内に無事にCP2を通過。


18:40頃 ガソリンを入れてから、コンビニで休憩。コンビニの数が少ないので、同じコンビニに選手達が続々と入ってくる。みんな、すっかり疲弊している。ゴールまでまだ130km余、今日もビバーク帰着は23時くらいにはなりそうだ。

このコンビニで、ご飯をおにぎりですませるかどうか迷ったのだが、小川さんが弁当を買っているのを見たらうらやましくなってしまい、僕も弁当を買って食べた。この日、ようやくまともなご飯を食べることが出来た。ついでに、コマ図をホルダにセットするためのセロハンテープ(前日にプラスチックのホルダが割れてしまった)と、予備のガムテープ、細い油性ペンを調達しておいた。

コンビニを出て、しばらく小川さんやなおとくんと走ったり、順位を入れ替えたり、離れたりしながら、少しずつ前へ進んだ。暗くなってからもやはりダート率が高いため、思ったより距離が進まない。

21時半〜22時あたりだっただろうか、ようやく449km地点、夜のSS-7にたどりついた。


ここは、最初のコマに「谷の中へ この先林間コース」と書いてあり、短い距離ながらちょっとエンデューロ気分が味わえるSSだった。この頃には、疲れを通り越してややライダーズハイ状態になっていて、けっこうノリノリな気分。「このSS面白いやん!よし、いけてるやん!いやいや、調子に乗るな、落ち着いていかなあかん!」などと、ひとりで関西弁で話しながらSSを走り抜けた。今までのSSに比べたら、けっこうイケているような気がした。

SSを抜けたら、その日のビバークまでは25kmほど。しかし、ここがやたらに長く感じた。25kmのうち、およそ10km近くが、分岐が複雑な上にせまくてスピードも出せないようなダートだったのだ。SSが終わってようやく終わり、とほっとしたのに、まだこんなに夜の林道を走らせるのか…と、選手の誰もが思ったに違いない。

途中まで前は僕の前にNACさんがいたのだが、どこかのコマで、分岐を間違えて右に曲がって行くのが見えた。分岐で停まってホーンを鳴らしてみたけど、戻ってこなかった。そこからはまた、真っ暗な林道を一人で走り、やがてビバークへとたどりついた。この日もやはり、23時20分頃になっていた。

ミサイルファクトリーのピットエリアにいったら、仕事の都合で初日から参加できなかったサポートメカニックのいまっぽが来てくれていた。CRFのフロントホイールを外していまっぽのところに持って行くと、てきぱきとタイヤ交換をしてくれた。フロントホイールを車体に組むときにもまだ手間取ってしまい、結局そこでもいまっぽの手をお借りした。確かにフロントタイヤはかなり減っていたのだけれど、昨晩のリアタイヤ交換の失敗を考えたら、もうこのまま最後まで走りきってしまおうかなあ、などと弱気になっていたところだったので、ここでいまっぽが助けてくれたことは、本当にありがたかった。

転倒で左のハンドガードが歪んで、金属疲労でクラックがはいっていた。このままもう一度転ぶと、ガード自体が間違いなく折れてしまうような状態になっていたので、左のガードのみを外すことにした。これでクラッチレバー側がガードなしになったので、ウエストバッグにスペアのクラッチレバーを入れた。リアブレーキパッドが減っているのも気になったが、もう一日くらいは走れそうな気もしたのでとりあえずそのままにして、念のためリアブレーキパッドのスペアもウエストバッグに入れた。
翌日のマップを巻き、バイクをパルクフェルメにいれた頃には、やはりもう25時を回っていた。

この日も前日に引き続いて、テントをはらずに二段ベッドの宿泊施設で眠れる日だった。けっこう遅い時間だけど、これからちゃんとご飯を食べて、それからお風呂に入ろう。

四日目にして、はじめてお風呂にはいることができた。湯船で温かいお湯につかったら、心底ほっとした。どうも足の裏が痛いと思ったら、一日のうちにブーツを履いている時間があまりにも長いため、足の裏が白くふやけて、深い皺が刻まれていた。湯船の中でマッサージをして、あと二日、持ちこたえてくれ、と願った。

下の段で先に寝ていた人を起こさないように、二段ベッドの上の段にそろそろと潜り込んだ。もっとも、誰もが起こしても起きないくらい深い眠りについているので、そんな心配は無用なのだが。今夜は三時間くらい寝れそうだな。もうこの頃になると、「三時間寝れるならけっこうたくさん寝れるほうだよね、うん大丈夫大丈夫」と考えるようになっていた。

あと二日…最後まで走りきりたい。ここまできたら、どうしても完走したい。
 
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